平和の砦「ネットでの差別主義者の勘違い」検証

第一回目の検証は、こちらの記事を題材にしたいと思います。
平和の砦「ネットでの差別主義者の勘違い」

この主張のヘンさはラスト3段落の所為だと思われます。
それ以前に述べられていることと、ラスト3段落で述べられていることの
論理的つながりが全くありません。
いわば、無関係な二つの文章が 無理やり接続されている感じです。



最上段落とそれ以降も微妙につながりが感じられませんが、
ラスト3段落のとってつけた感よりはましだと思われます。
最上段落とそれ以降はまだ「韓流ブーム」という言葉における
弱いつながりが見受けられます。

ラスト3段落以前で述べられていることがなまじ滑らかな論理展開なので、
ラスト3段落の急展開振りが浮き立ってしまい、残念です。
なので対処としてまず考えられるものは、ラスト3段落と
それ以前の文章を切り離し、
それぞれ別個の話題として述べるというものがあります。

しかしこの著者は、そもそもラスト3段落のために
この記事を書いたことも考えられます。
その場合、この3段落とそれ以前の文章を切り離すことは、
著者の意図を損なうことになるとも考えられます。
なので次の対処法として、ラスト3段落を残したまま
これ以前の文章と自然なつながりをつける方法を模索します。

まず、ラスト3段落とそれ以前の文章の間につながりを見出すためには
この文章全体をどのように解釈したらよいでしょうか?

この問題について、次のような解釈が提示できます。
他国の文化や技術を受け入れ再構築する巧みさに
日本の強みがあるとした上で、
受け入れることと中傷すること(=再構築を阻むこと?)の対比によって
中傷の非生産性を批判することにこの文章の主題があるのならば
―根拠の妥当性などは別にして―繋がった文章として
読むこともできるのではないかと思います。

このような解釈を行うと、中傷とはなにに対して為されたものを指すのか、
という点が問題になってくるでしょう。
文化や技術を受け入れることと中傷は
果たして真逆のものであると云えるのか?
この文章に一貫性を見出せるかどうかは
ここにかかってくるのではないでしょうか。

そもそもこの主張全体のヘンさの原因は、
前の方で「他国の文化や技術を柔軟に受け入れることの
大切さ」について述べ、
ラストでいきなり「他国の文化を中傷することの非生産性」を述べるという、
そのままでは論理的つながりのない二者を、
なんの説明もなくつなげているところに問題があると言えましょう。
この点についてもう少し詳しい説明を行うと、
よりわかりやすい記事になるかと思います。

またこの記事の筆者は、他国の文化を受け入れることの有用性について、
その論拠となるソースを明らかにしているのに対して、
中傷の問題についてはその対象を曖昧なままにしているために漠然とした議論になっています。
この点もラスト3段落のヘンさを加速させる、この議論のアンフェアな点と言えるでしょう。

ラスト3段落以前の部分では、比較的身元の明らかな発言を
具体的に引用して論旨を展開しているのに対し、
ラスト3段落でいきなり
「必死にネットで隣国を中傷し、愛国者を気取っている人達」
などと、どこの馬の骨とも分からない人たちを俎上に上げ
彼らがどこでどのような中傷を行ったのか明らかにしないまま
批判を行っているため、
そのような「愛国者を気取っている人達」について知識のない読み手には
わかりづらくなっています。
せめてその批判の対象の具体例をあげ、
どう「必死にネットで隣国を中傷」しているのか
具体的な指摘を行ってくれると、
もっと分かりやすくなるのではないでしょうか。
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by liliputian | 2005-02-14 20:54 | ヘンな議論を徹底検証!
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